ダウンロード落語―哲学 Ebook ePub 4750515507

落語―哲学


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3.6 stars of 5 from 4 Readers

ダウンロード落語―哲学 Ebook ePub 4750515507 - 内容紹介 笑える哲学書にして目眩へと誘う落語論、ここに誕生! 粗忽長屋」は〈私とは何か〉という謎をめぐる物語であり、「堀の内」は〈笑いの本質〉についての深遠な哲学書。 そして「芝浜」には〈わたしたちの世界は夢ではないのか〉というテーマが秘められていた。 水道橋博士推薦! 定説「落語とは業の肯定である」ことを否定する――。 「哲学」の窓から「落語」を覗き、「落語」から「哲学」を想起する。 哲学者と落語家が、その職業的な「業」に於いて通底する噺の書。――水道橋博士 【目次】 「二つの世界」と落語:はじめに 1 「業の肯定」から「業の否定」へ:不条理からの解放 ――「柳田格之進」 2 笑いの破壊力:非合理という故郷 ――「堀の内」 3 この世は夢ではないのか(1):多世界解釈と可能世界 ――「芝浜」 4 この世は夢ではないのか(2):眠りと海と酒 ――「鼠穴」「芝浜」 5 「私」とはなにか(1):私と世界 ――「粗忽長屋」 6 「私」とはなにか(2):二人の私 ――「粗忽長屋」 7 「私」とはなにか(3):イヌであるとはどのようなことか ――「元犬」 8 「顔」について:善悪の彼方へ ――「一眼国」 9 恋愛とみかん(1):固有名詞に恋をする ――「崇徳院」 10 恋愛とみかん(2):結晶作用 ――「崇徳院」 11 恋愛とみかん(3):恋の三角形 ――「お直し」 12 恋愛とみかん(4):果物超越譚 ――「千両みかん」 13 死について(1):輪廻する魂 ――「もう半分」 14 死について(2):一人称の死 ――「死神」 15 死について(3):幽霊のいる場所 ――「三年目」 16 死について(4):パラドックスブラックホール ――「あたま山」 付録 本編で取り上げられなかった「哲学噺」と、傑作落語本 あとがき 【書評・メディア情報】 南日本新聞(8月26日)/書評(西悠宇氏) 福島民友(9月22日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 高知新聞(9月23日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 北日本新聞(9月23日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 信濃毎日新聞(9月23日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 秋田さきがけ(9月23日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 岩手日報(9月23日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 高知新聞(9月23日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 福島民友(9月29日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 京都新聞(9月30日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 新潟日報(9月30日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 日本海新聞(9月30日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授) 東奥日報(9月30日)/書評(西条昇氏・江戸川大教授)公明新聞(11月19日)/書評(出岡宏氏・専修大学教授、日本倫理思想史) 図書新聞(12月8日)/書評(野村亮太氏・東京大学大学院教育学研究科特任助教) 内容(「BOOK」データベースより) ウィトゲンシュタインさんと落語を探検!「粗忽長屋」は“私とは何か”という謎をめぐる物語であり、「堀の内」は“笑いの本質”についての深淵な哲学書。そして「芝浜」には、“わたしたちの世界は夢ではないのか”というテーマが隠されていた… 著者について 中村 昇(なかむら のぼる)
11958年長崎県佐世保市生まれ。中央大学文学部教授。中学のときに小林秀雄に、19歳のときに松岡正剛にであう。師事したのは、中学・高校の恩師である詩人・徳重敏寛、暗黒舞踏創始者土方巽、そして哲学者・木田元である。 著訳書に、『いかにしてわたしは哲学のにめりこんだのか』(春秋社)、『小林秀雄ウィトゲンシュタイン』(春風社)、『ホワイトヘッドの哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン ネクタイをしない哲学者』(白水社)、『ベルクソン=時間と空間の哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン哲学探究』入門』(教育評論社)、『どこでもないところからの眺め』(トマス・ネーゲル、共訳、春秋社)など。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 中村/昇 1958年長崎県佐世保市生まれ。中央大学文学部教授。中学のときに小林秀雄に、19歳のときに松岡正剛にであう。師事したのは、中学・高校の恩師である詩人・徳重敏寛、暗黒舞踏創始者土方巽、そして哲学者・木田元である(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る

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Details of 落語―哲学

Book's Title落語―哲学
Author中村 昇
ISBN-104750515507
Publication's Date2018/7/26
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Customer's Rating3.6 stars of 5 from 4 Readers
Filename落語-哲学.pdf
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立川談志氏の「落語は業の肯定だ」の業の定義が間違っている、業と煩悩が混同されてしまっているので、中村昇氏の論の立て方が間違っていると思う。
20歳のとき、中村昇先生の「哲学」を履修した。次の年も、その次の年も、時間があれば彼の講義を聴講した。大教室の中で、見つかってはおちょくられ、こちらも負けじとおちょくり返し、その時々の小さな悩みは吹き飛んでしまった。段々分かってきたのは、ぼくが魅了されているのは講義テーマの「哲学」よりも、中村先生の「語り」だということ。それはほとんど「落語」である。最初に雑談っぽい「枕」があり、これが面白い。長いときは85分に及び、今日はもう本題に入らないのだと油断したら、最後の5分でそれまでの話をすべて哲学の概念でまとめてしまう。ある年の最後の講義で、学生がこんな質問をした。「中村先生が一番尊敬するのは誰ですか?」彼は間髪入れずに答えた。「さんまさんです!」爆笑する教室。「みんなすぐ説教しちゃうけど、さんまさんはしないでしょ」。なるほど、哲学者だからと言って、一番尊敬するのが哲学者とは限らない。そして、説教が嫌いでも哲学者になれるらしい。もちろん、説教と哲学はまったくの別物だけど。中村先生の本書『落語―哲学』には、明石家さんまの話も出てくる。さんまは元々、落語家だった。しかしいつの間にか、「枕」だけしかやらなくなった。「枕」にとどまり続ける元噺家。それがさんまの魅力であると。他でもなく、それを解説しているのはこの本の「まえがき」と名付けられた「枕」である。本も講義も、中村先生の「枕」は絶品だが、彼は「枕」にとどまり続けなかった。だから現役の哲学者なのである。一つ一つの物事を徹底して疑い、慎重に論を進める(見かけによらぬ)禁欲的な態度は、本書でもほんの遊び程度に飛躍しただけで「これはいくらなんでも暴走し過ぎだろう」と自分で自分に突っ込みを入れる几帳面さにあらわれる。そんな中村先生の人生は、「しくじり」の連続だと本書に書いてある。その代表は、新宿駅のプラットホームから転落し、轢死しそうになったこと(奇跡的に顎の骨折だけで済んだらしい。他にも死にそうになったエピソードは講義中に聞いたことがあるが、ここに書くのは控えたい)。しかし数々の「しくじり」は、中村先生が落語と哲学に深い愛着を抱き続ける理由になったのだ。--------------- 落語は、「しくじった」ことのある人間にとっては、なくてはならないものだ。(中略)自分だけが苦しいんじゃない、生きているといろんなことがあるもんだ、ということを、こちらを笑わせながら教えてくれる。この上ない素晴らしい芸だと思う。 哲学の動機は「悲哀」だといったのは、西田幾多郎だ。涙や苦衷に染まっていない哲学はニセモノである(これ、本当)。落語には、多くの種類の「悲哀」がたっぷりつまっている。哲学もそうだ。人生における苦しさや悲しさの経験から哲学や落語が生まれたのだから、この二つは、双生児のようなものだといえるだろう。(本書218-9ページ)---------------これまでに刊行された中村先生のどの本よりも、あの大教室の雰囲気にちかい。語りの底に悲哀があるので、腹から笑える。明日も生きてみようと思えてくる。本書は亜紀書房ウェブマガジン「あき地」の連載にもとづいており、「本編で取り上げられなかった「哲学噺」と、傑作落語本」という連載にはなかった付録もたいへん充実している。落語ファンにとって新鮮な指摘(落語とは「業」の否定である、西田幾多郎の「絶対無」の場所は落語の中にある、など)に満ちているのはもちろん、落語の入門書としてもおすすめしたい。いつまでも読み続けたいと心から思える一冊だ。